私は「信長」として方針を決め、「民」として未来を判断する。AI主導開発で見えた人間の生き残り戦略

最近、見ている軍師官兵衛が超面白い。ネトフリアドオンの外部評価でも9.4という最高評価を受けていて今半分まで見た。
そして私は、Webアプリ「残高余命」の開発で、ちょっと面白い実験をしている。
Claudeの2つのモデル、OpusとSonnetを使い分けている。
これは最近始めたことではない。かなり前から続けている。
- Opus(設計担当): 全体構想を組み上げる「秀吉」
- Sonnet(実装担当): 現場で「この仕様、ここで足元をすくわれませんか?」と鋭い指摘を出す「軍師・黒田官兵衛」
今の開発フローはこうだ。
Opus(秀吉)が設計する
要するに私は、かなりの時間を「AI間の伝書鳩」として過ごしている。
そして最近、ふと思った。
「これ、俺がいちいち走り回る必要ある?」
Netflixで『軍師官兵衛』を見ているせいか、さらに別の見方が浮かんできた。
この開発現場で、私は**「信長」であり、同時に「民」でもある**のではないか。
私は「信長」として大局を見る
秀吉(Opus)と官兵衛(Sonnet)は、それぞれ専門領域という「木」を見ている。
Opusは設計の木を見る。
Sonnetはコードの木を見る。
二人が「この木をどうするか」と議論している途中で、私はときどき割り込む。
「ちょっと待て。それを今しなくとも別の方法でいけないか」
「その策単体では正しい。でも天下構想と矛盾するからやらない」
「目先の仕様ではなく、アプリ全体としてどっちが面白い?」
つまり、木を見ているAIに、林や森の話をぶち込む。
AIが一つの問題をものすごい精度で掘っているときに、
「そもそも何のためにこれを作っているんだっけ?」
と、一歩引いて考える。
私はそこで「信長」になる。
そして完成したら、私は「民」になる
ところが、開発の最後には私は信長ではなくなる。
Pixelを手に取って、「残高余命」を実際に操作する。
ただし、ここでいう「民」は、単純なUXテスターではない。
残高余命の場合、もっと重要な仕事をしている。
画面に、
「あなたは○歳で資産が尽きます」
といった、自分の将来が数字として出てくる。
そのとき私は、
「この結果なら大丈夫だ」
「いや、これは困る」
「この程度の余裕なら、もっと使ってもいい」
「この状態になるくらいなら、今から支出を減らした方がいい」
と考える。
つまり、
AIが未来を計算する。 人間が、その未来で本当にいいのかを判断する。
これが残高余命における「民」の役割だ。
AIは資産残高を計算できる。
寿命を設定できる。
イベントを加えられる。
将来の資産推移をグラフにできる。
しかし、
「この未来を、自分は受け入れられるのか?」
という最終判断は、ユーザー自身がする。
少なくとも現状では、ここをAIに完全に任せるのは難しい。
なぜなら、それは単なる正解探しではないからだ。
同じ「80歳で資産500万円」という結果を見ても、
「十分だ」と思う人もいれば、
「怖すぎる」と思う人もいる。
AIが未来を出しても、その未来に対して「それでいい」「それでは困る」と判断するのは、その人自身なのだ。
でも、「伝令兵」まで俺がやる必要はあるのか?
ここで、もう一つの問題が出てくる。
今の私は、信長と民だけではない。
伝令兵までやっている。
Sonnetから質問が来る。
私がOpusに聞く。
Opusが答える。
私がSonnetに返す。
また質問が来る。
またOpusに聞く。
これを繰り返している。
当然、めちゃくちゃ忙しい。
そして、ここで少し怖いことに気づいた。
私は、この忙しさを「良いものを作るために必要な忙しさ」だと思い込んでいないだろうか?
AIから質問が来る。
それに答える。
別のAIから質問が来る。
また考える。
一日中AIとやり取りしている。
だから、
「これだけやっているんだから、きっと良いものができている」
と思ってしまう。
でも、本当にそうだろうか。
もしかすると、OpusとSonnetが直接やり取りできるなら、私が何度も往復する必要はない。
私が20回走り回っているところを、AI同士なら10回で済むかもしれない。
それでも品質が落ちないなら、今までの私の忙しさは「品質を高めていた」のではない。
単に人間がボトルネックになっていただけなのかもしれない。
「楽をする」と「手を抜く」は違う
私は開発を雑にしたいわけではない。
むしろ逆だ。
同じ品質、あるいはそれ以上の品質を、もっと少ない人間の労力で作れるのではないか。
これを試したい。
秀吉と官兵衛がいるのなら、信長が二人の間を走り回って伝令する必要はない。
二人に直接議論させる。
官兵衛には秀吉の設計を疑わせる。
秀吉には官兵衛の現場視点を検証させる。
お互いに、
「本当にそれでいいのか?」
をぶつけ合わせる。
私はその間、天下構想を考える。
そして最後に民として、実際に出てきた未来を判断する。
信長 → 秀吉 ⇄ 官兵衛 → 民