Presented by ザンヨメ💀残高余命

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【CASE003】あいつらと呼んでいた男ヨシムネ

金は消えた。でも棚田と妻の声は残った。
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肩書きも虚勢も、ぜんぶ置いてきた

私は今、88歳だ。

足腰はずいぶん心もとなくなったし、糖尿病の数値は医者に睨まれっぱなしだ。それでも酒だけはやめられていない。人間というのはそういうものだと、この歳になれば開き直るしかない。

今の私には、金融資産と呼べるものがほぼない。67歳のとき2800万あったものが、年金と不動産だけを頼みにするようになってからじわじわと減り続け、88歳の今はほぼ底をついた。だが奇妙なことに、それを嘆く気持ちがそれほど湧いてこないのだ。飯はまだうまいし、妻は隣にいる。それで十分だという感覚が、知らぬ間に自分の中に根を張っていた。


あの男の虚勢が、実は正直だったと気づくまで

67歳の頃の自分を思い出すと、少しばかり笑いたくなる。

医療機器の卸会社で数十年。最後は課長のまま定年を迎えた。出世競争から降りたのか、降ろされたのか、当時の自分にはまだその区別がついていなかったように思う。酒の席では懇意にしている医師や教授の名前を得意げに並べ、「あいつら」と呼んでみせた。周囲がどんな顔をしていたか、正直なところ薄々わかっていたのだ。それでも言わずにいられなかった。あれは虚勢というより、もう少し情けなくて、もう少し人間らしいものだったと今は思う。進学校の同期たちへの密かなコンプレックスが、あの「あいつら」という言葉の底に沈んでいた。本人だけが気づかないふりをしていた。

しかし、その傍らでひとつだけ、本物の誇りがあった。子供が医師になったことだ。これだけは自慢ではない。純粋な喜びだった。あの子を育てた家庭の話をするとき、私はいつも少しだけ背筋が伸びていたように思う。


あなたへ

今朝、窓から朝の光が差し込んできて、あなたがいつものようにぼんやりと庭を眺めているのを見ていました。もう88歳になったのねと思うと、不思議な気持ちになります。67歳のあなたには、まだ想像もできないでしょうね。

あの九州の旅のこと、私はまだよく覚えています。山あいを走る小さな列車の中で、私が「綺麗ねえ」とつぶやいたとき、あなたは何も返さなかった。でも、あの沈黙が嫌ではなかったのです。言葉のいらない間というものが、長い年月をかけて私たちの間に育っていたのだと、今になればわかります。返事をしなかったあなたを、責める気には到底なれません。

ひとつだけ、思い出す場面があります。あの旅の帰り道、駅の売店でどら焼きを二つ買って、ホームのベンチに並んで食べたでしょう。あなたが「甘すぎる」と言いながら、結局ぜんぶ食べていた。あの顔が、なんだかとても好きでした。そういう小さなことが、案外ずっと残るものですね。

あなたは今も、医者に渋い顔をされながら晩酌を欠かさない。私が何か言おうとすると、「この歳で変えてもしょうがないだろう」と先手を打つ。まあ、そういう人だとわかってはいるので、ため息をつきながらも止めるのはやめました。一緒に飯を食べて、同じ部屋で夜を過ごせる。それで十分だと、私もこの歳になって思うようになりました。

あなたが管理組合の会長をしていた頃、帰ってくるたびに誰かの愚痴をひとしきり話して、そのくせ翌日にはまたにこやかに出かけていく。あの社交性は、本当に大したものだと思っていました。おかげで私たちは、この町でひとりぼっちにならずに済んだ気がします。

67歳のあなたへ、あまり大げさなことは言いたくありません。ただ、これからの21年は、思ったより静かで、思ったより温かいものになります。それだけ伝えておけば十分かな、と思っています。

妻より

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69歳の秋、妻と2人で乗った九州の列車

定年後もアルバイトを続けながら、夏にはゴルフ、年に一度は妻と旅行というリズムを守っていた。69歳の秋、その年の夫婦旅行に40万円を使った。九州の古い温泉地を巡る、たった3泊の旅だ。

その中で、ある一日だけ鮮明に覚えている情景がある。

山間を走る小さな列車の車窓から、夕暮れの棚田が見えていた。稲穂が風に揺れるたびに金色の波が立ち、どこかの農家の犬が遠くで吠えていた。妻がぼんやりと窓の外を見ながら、「綺麗ねえ」とひと言だけ言った。それに特段の返事もしなかった。でもその沈黙が、長い結婚生活の中でいちばん穏やかな時間のひとつだったと、今になって思う。

その旅の翌年、70歳でアルバイトを終えた。収入が年金だけになってからも、暮らしのリズム自体はそう変わらなかった。


管理組合の会長という役割が、意外にも合っていた

マンションの管理組合の会長を務めていたことも、今では懐かしい。大した権限などないのだが、あの役割が自分にそこそこ合っていたのは確かだ。社交的な性分だから、住民の顔と名前を覚えるのが苦でなかったし、何かを仕切るのも嫌いではなかった。あの地道な関わり方が、老後の孤立を防いでくれたのだと思う。人間は役割がなくなると案外あっけなく縮む。


あいつらと呼んでいた男ヨシムネ
あの駅の売店で、どら焼きを二つ買ったとき、本当は三つ欲しかった。

それだけのことだ。妻の前で「甘すぎる」と言いながら食べたのは、三つ目を買えなかった自分をごまかすための台詞だった。あんな安いものを、なぜためらったのか。今でも理由がよくわからない。ケチだったとも思わない。ただ、あのとき何かが恥ずかしかった。腹が空いていることを、あの旅の空気の中で認めたくなかった。

それだけのことなのに、何十年も経ってから急に思い出した。眼鏡をかけるだけで天気から地図まで全部わかる時代になっても、人間の腹の虫は昔のままで鳴く。おかしなものだ。

列車の中で、妻が「綺麗ねえ」と言った。私は黙っていた。あれは穏やかな沈黙だったと今でも思っているが、正直なことを言えば、あのとき少し泣きそうになっていた。なぜかはわからなかった。棚田のせいなのか、妻の声のせいなのか。だから黙るしかなかった。

三つ目のどら焼きと、あの涙の手前の感覚。

どちらも、話す機会はもう来ないだろう。
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88歳の私が見ている「今」

21年が経った今、街の様子はずいぶん変わった。スマートフォンの類はとっくに形が変わり、今は眼鏡をかけるだけで地図も翻訳も天気も全部わかる。医療だって随分と変わって、私のかかりつけの診療所では血液を1滴取るだけで数十種類の数値を瞬時に出す機械が置いてある。それでも人間の体の老い方だけは、21年前と大して変わらない。糖尿病はじわじわと体をむしばみ、医者は渋い顔をする。

だが私は今日も酒を飲む。それが本当に正しい選択かどうかは、もうどうでもよい。


肩書きは、なくても困らなかった

結局のところ、あの67歳の自分が選んでいたことは、正しかった。出世競争に消耗せず、自分のペースでゴルフに行き、年に一度妻と旅をして、地域の会長を淡々と務めた。2800万という数字は、88歳の今、ほぼゼロになった。しかしあの棚田の夕暮れと妻の「綺麗ねえ」という声は、金融資産の残高と関係なく、今でも私の中にある。

40万円の旅が残したものと、2800万円が尽きた今の空虚感は、正直なところそれほど釣り合いが取れていない。どちらが重かったかは、もう言うまでもない。

その40万円で買ったものが何だったか、あなた自身が何を買おうとしているか、今の67歳に問う気はない。ただ、あの列車の中の沈黙は、値段のつけようがなかったというだけの話だ。

物申す!意見
あいつらと呼んでいた男ヨシムネ

六十七のとき、何かを変えようとした人間がいる。それがどんな人間だったのか、わたしにはわからない。会ったことがない。だからこそ、気にならない。わたしはわたしの道を歩いてきた、それだけの話だ。

娯楽を削らなかった。交際費を見直さなかった。それが分岐点だったと言われればそうなのだろうが、当時のわたしにとっては別に大した決断でも何でもなかった。ただ飲みに行き、誰かと笑い、気に入ったものに金を使った。それだけのことである。

七十八になったとき、手元には三千三百三十七万円あった。六十七のときからほぼ変わっていない。つまりその十一年間、わたしは散々使いながらもなんとか生きていたわけだ。奇跡とは言わないが、まあ、人間というのは案外そんなものだろう。

野球の話をするつもりはなかったが、大谷翔平というとんでもない男がいた。二十一年前、わたしがまだ六十七だったころ、彼はオールスターに選ばれていた。その後もしばらくはメジャーで投げて打って、あの規格外の存在感のまま時代を動かした。わたしはテレビで見ていた。飲みながら。それがいけないと言う人間がいても、わたしは構わない。

今は八十八だ。残っているのは一千七百六十九万円。十年で半分近く減った。数字だけ見れば確かにそうだ。だが、その十年に何があったか。体が弱くなり、友人が死に、行ける場所が減り、それでも食い、眠り、時々笑った。金が減るのは当然ではないか。生きているのだから。

人に話せることが多くないのは知っている。派手な成功も、劇的な転落も、わたしの話には出てこない。ただ食って飲んで生きてきた、そういう話しかない。それを恥とは思わないが、誇りもない。事実は事実として、ここに置いておくだけだ。

堕ちながら生きてきた。それでいい。生きていれば、それだけで十分なのである。

ZANYOME ─ zanyome.com

🗳 69歳で40万円を使った九州の旅。あの選択の向こう側に、何を見たい?


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

この人生は架空のものです。ただし、資産の推移と「金融資産がゼロになる年」は、 実際の計算式で出した数字です。

あなたの数字も、同じ方法で見ることができます。

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開発の記録はこちらに書いています。 https://note.com/max7777