Presented by ザンヨメ💀残高余命

← 記事一覧に戻る

【CASE006】修学旅行企画一筋30年小笠原

誠実さと忖度を兼ね備えたプロフェッショナル
image

八十一歳の私から、五十六歳の私へ

気づけば、八十一年生きてきた。

北海道の空は今日も広い。朝、窓から見上げると、淡い水色が果てしなく続いていて、ここに暮らしてきてよかったと、また思う。膝の動きは若い頃よりずっと鈍くなったけれど、頭はまだはっきりしている。ありがたいことだと思う。

今日は、五十六歳の私——つまり、今のあなたへ向けて書いてみたくなった。


「少しずつ積み上げてきた」ことの、途方もない力

五十六歳のとき、あなたはすでに二千万円ほどの金融資産を持っていた。自分ではおそらく「まだまだ足りない」と思っていたはずだ。あの頃の私は、数字ばかりを気にしながら、どこか不安を手放せずにいた。

でも、振り返れば、その頃から地道に続けていた資産運用の習慣こそが、六十代以降の生活を支える静かな礎になっていた。特別なことは何もしていない。ただ、コツコツと、マイペースに続けていた。それだけだ。

五十九歳のとき、仕事での大きな変化があった。新たな収入の柱が加わり、あの頃の私は正直、戸惑いもあった。でも、その変化に素直に乗っかったことが、六十代の豊かさにつながっていった。現実主義だったから、感情に流されずに対応できた。あの性格で本当によかったと、今になって思う。


🪦
あなたへ 今朝、窓辺に腰かけて緑茶を一口すすりながら、ふとあなたのことを思った。湯気がゆっくりと立ち上るその静かな朝に、56歳のあなたが今どんな顔をして日々を送っているか、鮮明に思い出せた。 私は今、81歳だ。北海道の空はあの頃と変わらず広くて、冬になると雪が窓を白く縁取る。体はさすがにあちこち言うことを聞かなくなってきたが、それでも日々をなんとか送っている。25年という時間は、想像していたよりずっと早く、そして確かに深く、私たちを変えてくれた。 あなたに伝えたいことがある。59歳のとき、あなたは大きな決断をしたはずだ。あの一歩を踏み出してくれたおかげで、60代の私たちには新しい充実感が生まれた。仕事に向き合いながら、現実を見据えてコツコツと積み上げてきたその姿勢は、マイペースで現実主義なあなたらしい、本当に誠実な生き方だったと思う。 65歳で年金を受け取り始めた頃のことも、よく覚えている。それまでコツコツ育ててきた資産が支えとなって、あの節目をひどく慌てることなく迎えられた。あなたが50代のうちから運用と向き合い、数字と正直に向き合い続けてくれていたからだ。DIYで何かを作り上げるときのあの丁寧さと同じ眼差しで、資産とも向き合ってくれていた。そのことが、どれほど大きな安心につながったか、言葉にしきれないほどだ。 25年後の世界は、あなたが想像するよりも少し違う姿をしている。AIが日常に溶け込み、家の中に話し相手がいるような感覚の暮らしになった。それでも、人の心の温かさや、ものを自分の手で作ることの喜びは、何ひとつ変わっていない。 あなたが今、当たり前のように積み重ねているその一日一日が、私という人間の土台を作ってくれている。焦らず、流されず、自分のペースで歩んでくれていることに、心から感謝している。 だからこそ、これからも自分を信じて進んでいってほしい。
ZANYOME ─ zanyome.com

DIYが教えてくれたこと

六十代になって、私はますますDIYにのめり込んだ。年金が入り始めた六十五歳以降、時間だけは豊富にあったから、小屋を一棟、ほぼ一人で建てた。木を選ぶところから、設計図を引いて、刻んで、組んで。完成したとき、妻が「あなたって本当に変わらないね」と笑った。

ものを作ることの喜びは、何歳になっても消えない。手が材料に触れているとき、頭の中が静かになる。老いていく体のあちこちに気を取られながらも、工具を握るとそういうことが全部どこかへ行く。五十六歳の私もきっと感じていたはずだ、あの感覚。それが、ずっと続いている。


再会の話

七十三歳の晩秋だったと思う。地元のホームセンターで、ふと声をかけられた。振り向くと、若い頃の職場で一時期同じ部署にいた古い同僚だった。お互い、すっかり白髪になっていたけれど、笑い方だけは昔のままだった。コーヒーを一杯だけ飲みながら、昔の話をした。「あの頃の自分たちは必死だったよな」と言い合って、それだけで妙に胸が温かくなった。

人との縁というのは、どこで再びつながるかわからない。


< 修学旅行企画一筋30年小笠原
やあ、56歳のあなた。私だよ、81歳の私。 あのね、今さらっと資産を運用で着々と育てているでしょう。誰にも言われなくても、ちゃんと自分でやってる。そのマイペースさ、実は最高の才能だったんだよ。 25年後の今、AIがお金の相談に乗ってくれる時代になったけど、あなたはとっくに自分の頭で考える習慣があった。かっこいいじゃないか、まったく。 照れくさいから大きな声では言えないけど……その地道な積み重ねが、ちゃんと北海道の暮らしを守ってくれたよ。ありがとう、昔の自分。 その調子で、これからもよろしく。
ZANYOME ─ zanyome.com

二十五年後の世界で、私はこう生きている

今の時代、世の中はずいぶん変わった。AIが医療の診断を補助してくれるようになり、街のクリニックでも、小さな端末が自分の体の変化を毎日モニタリングしてくれる。タバコとお酒をたしなんできた私の体には、あちこち「相談事」があるけれど、こうした技術のおかげで、無茶をせずに暮らせている。

七十五歳を過ぎた頃から、医療費が増えてきたのは正直なところだ。でも、それも含めて人生だと腹をくくっている。ちゃんと受診する、ちゃんと休む。そういうことが、日々の具体的な仕事になっている。

貯えはもう残っていない。それがこの年齢ではっきりわかっている。でも、年金がある。妻がいる。趣味がある。この三つがあれば、一日はなんとかなる。そしてなんとかなり続けた日々が、八十一年分積み上がっている。


五十六歳の私へ

あなたは今、当たり前のようにいくつかのことをやっている。毎月の支出をきちんと把握して、運用を続けて、大きな借金を作らずに生きている。それがどれだけ贅沢なことか、今の段階ではまだ実感しにくいかもしれない。

でも、信じてほしい。あの日々の選択が、六十代の踏ん張りを支えて、七十代の穏やかさを生んで、八十一歳の今日の静けさをつくっている。地味で、派手さのない積み重ねが、一番強い。

あの頃の円安騒ぎも、投資環境の揺れも、結局は長い目で見れば通過点だった。マイペースに、現実を見て、感情に流されすぎずに対応してきた。それが私たちの流儀だった。

これからも、自分らしく歩んでいってほしい。

🗣
修学旅行企画一筋30年小笠原
物申す! ─ 残高霊園
81歳の私から、56歳のあなたへ 金融資産2000万円を手元に持ちながら、静かにマイペースに日々を送っているあなたへ——今のその選択は、間違いなく正しい。結論から言う。焦らずに今のペースを守り続けることが、この先25年を生き抜く最大の武器になる。 81歳の私として、断言できる。 56歳の今、あなたはすでに賢い判断をいくつも重ねている。ローンを一切抱えず、身軽な状態で資産2000万円をキープしていること。これは想像以上に大きな強みだ。59歳のとき、現役としての収入が入ってきて資産が再び積み上がり始めたあの感覚——あれが長い航海の「追い風」になった。65歳で年金が始まり、働きながら培った投資の感覚が少しずつ形になっていくのも、あの頃の地道な積み上げがあってこそだった。 北海道の空の下で、DIYで何かを作っている時間——あれが私にとって「自分を保つ錨」になったと、今になって本当によくわかる。仕事人間だった私が、退職後にふらつかずに済んだのは、手を動かすことで「自分がまだここにいる」と感じられる趣味があったからだ。25年後の今では、音声だけで設計図を起こしてくれるAIツールが当たり前になっているが、それでも「自分の手で作り上げた」という喜びの質は変わらない。道具は変わっても、作る喜びの本質は変わらない。 お酒もタバコも、付き合い方が少し変わった。完全にやめたわけじゃないが、自分なりのペースで折り合いをつけてきた。それで十分だ。 もし今後、投資の視点をほんの少し「守り」方向にシフトできれば、80歳手前の資産の着地がさらに穏やかになるだろう。 もし今の私に一言だけ伝えるなら…「あなたがマイペースだと思っているその歩み方が、実はいちばん遠くまで走れるフォームだった」。 それでも決めるのは、今を生きるあなたです。
ZANYOME ─ zanyome.com

🗳 五十六歳の今、あなたはこの先どう選びますか?