【CASE005】令和に生きる昭和型トップセールスマンマツ
戦場から解放される温泉で人生を見つめる。宵越しの金は持たない。

七十六歳の私から、五十歳の君へ
あの頃の自分が、こんなに長く生きるとは思っていなかった。
七十六歳。数字だけ見ると、ずいぶん遠くまで来たものだと思う。足腰はさすがに以前ほどの張りはないし、医者通いも今やすっかり生活の一部になった。糖尿の数値とは長い付き合いだ。お酒は量こそ控えるようになったが、やめるつもりはさらさらない。晩酌の一杯は、私にとってこの年になっても変わらない小さな幸福のひとつである。
今、窓の外には九州の夏の光が注いでいる。二〇五〇年代のこの街は、建物のガラスが発電しながら涼しさを保つようになって、昔ほど蒸し風呂のような夏ではなくなった。それでも、夕暮れどきの空の色だけは変わらない。あの橙色を見るたびに、五十歳だったころの自分のことを思い出す。
あの頃の君は、毎日忙しく働いていた。仕事人間だと自分でもわかっていたくせに、それでも少し誇らしかっただろう。現場に顔が利いて、人情をもって仕事をして、完璧に仕上げることに一種の喜びを感じていた。社交的で、どこへ行っても輪の中心にいた。あれは本物の武器だったと、今になってしみじみ思う。
住んでいた家には、まだローンが残っていた。毎月きっちり返済しながら、それでも旅行の計画を立てて、家族を連れて出かけた。あの頽落なき楽観主義が、長い人生を支えてくれた。「どうにかなる」という根拠のない確信が、実はちゃんと正しかった。
🪦
あなたへ
今、私は76歳になった。九州の空はいつも通り青くて、少し蒸し暑い風が窓から吹き込んでくる。あなたはまだ50歳だね。私はその頃のことを、今でもよく思い出す。
あの時のあなたは、毎日を全力で駆け抜けていた。朝早くから仕事に出て、誰よりも遅くまで残っていた。社交的で、人情に厚くて、仕事においても完璧を求めるあなたの姿——あれは本当に眩しかったと思う。そしてあの頃、あなたはきちんとローンを払い続けていた。月々の支払いを一度も滞らせなかった。その真面目さのおかげで、61歳を迎えたとき、ローンが綺麗に完済できた。あの瞬間の清々しさを、私は今でも覚えている。肩の荷が下りるというより、長い道のりを歩き切ったような、静かな達成感だった。
65歳で車を新しくしたことも懐かしい。500万円という決断は、決して小さくはなかった。でも、その車でどれだけ遠くまで旅に出ただろう。九州の山道を越えて、見知らぬ海岸線を走って——旅が好きなあなたにとって、あの車は自由の象徴だった。好きなことを、好きな時に、自分の足で選べる。その喜びのために、あなたは長年ちゃんと備えてきたのだ。
26年後の今、世の中はずいぶん変わった。街なかでは自動運転の小型モビリティが当たり前になって、高齢者が一人でどこにでも出かけられるようになっている。あなたが大切にしてきた「自分で動く」という感覚が、この時代にようやく形になったようで、少し嬉しい気持ちになる。
私はといえば、年金と不動産に支えられながら、妻と穏やかに暮らしている。糖尿病と長年つきあってきたが、無茶をしなかったぶん、今もまずまず元気でいられる。お酒も、ほどほどに楽しんでいる。
あなたが一つひとつ、丁寧に選んできたことが、この今を作ってくれた。だからこそ、これからも自分を信じて進んでいってほしい。
76歳の私より
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六十一歳でローンが完済したとき、書類にハンコを押しながら思いの外あっさりしていたことを覚えている。長年肩に乗っていたものが静かに消えた、そんな感覚だった。あの家が本当に自分たちのものになった瞬間だった。
六十五歳、年金が始まった年に、車を一台買い替えた。五百万円の買い物だった。退職から間もない時期で、妻には少し渋い顔をされたが、「これが最後の一台になるかもしれないから」と言ったら、笑って許してくれた。その車で、翌年から夫婦ふたりであちこちへ旅をした。現役時代は仕事の合間を縫って出かけていた旅が、ようやく本当の意味での旅になった。
自分のペースで走る車の助手席に妻がいて、九州の山道を抜けながら、「こんなに自由になるとは思わなかったね」と彼女がぽつりと言った。その言葉が、あれから何年経っても頭の中にある。
働いていた頃は、旅が「リセットのための旅」だった。でも定年後の旅は違った。日常の延長にある、豊かで穏やかな移動だった。あの習慣を若いうちから大切にしてきたことが、老いてからの暮らしに確かな彩りを与えてくれたと思っている。
振り返ってみると、五十歳の私が当たり前のようにやっていたことの中に、実は大切なことがたくさん詰まっていた。
やあ、50歳の私よ。聞いてくれるか?
あなたが毎年欠かさず続けてきた「旅行」という習慣、76歳の私から言わせてもらうと、あれは本当に大正解だったよ。昔はなあ、スマホで地図を見ながらうろうろしていたじゃないか。今じゃ「思考型ガイドAI」が現地の空気まで読んで案内してくれる時代だ。それでも私が一番好きなのは、65歳に奮発した車で九州の海沿いをのんびり走った記憶だよ。500万円のあの買い物、ちっとも後悔していない。
社交的な性格のおかげで、旅先で出会った人たちとの縁が今も続いていてね。人情を大事にするあなたのそのままの性格が、ちゃんと財産になっているんだ。
その調子で、これからもよろしく。
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持ち家という選択も、そのひとつだ。住む場所を持っているという安心感が、年を重ねるにつれて少しずつ体の芯に染み込んでくる。家賃を気にせずに、毎月のやりくりを考えられること。外を歩くとき、帰る場所がそこにあるという感覚。それは数字では測れないものだ。
仕事に真剣に向き合い続けたことも、今になって肯定している。完璧主義だなんだと自分でも半分は苦笑していたが、あの真剣さがあったから人に信頼され、社会との縁をつなぎ続けられた。定年後も給与収入がしばらく続いたのは、積み上げてきた信頼の重さだったと思っている。
そして、人と関わることを大切にしてきたこと。宴席でも旅先でも、知らない人と話して、笑って、また会おうと言えた。あの社交性が、年をとってからの孤独を遠ざけてくれている。七十六歳になった今もまだ、月に一度は旧い友人たちと集まる。話す内容は体の話ばかりになってきたが、それでも笑い声は若いころと変わらない。
五十歳の君へ。
今のあなたは、ローンを払いながら、仕事に精を出して、家族と旅の計画を立てている。それが当たり前の日常に見えているかもしれない。でもその一つひとつが、二十六年後の私に確かな豊かさを届けてくれていた。特別な何かをしなくていい。今の自分の選択を信じて、今の歩みをそのまま続けてほしい。
この調子で、これからも自分らしく歩んでいってほしい。
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令和に生きる昭和型トップセールスマンマツ
物申す! ─ 残高霊園
76歳の私から、50歳のあなたへ
今のあなたは、十分すぎるほどよくやっている。自信を持っていい。
住宅ローンを抱えながら毎月きっちり返済を続け、60歳の退職時には完済できる道筋が、もうすでにできあがっている。それだけで、十分な成功だ。
76歳の私として、26年越しの実感を込めて言う。
あなたの属性を正直に言えば、「糖尿病気味でお酒も飲む、仕事人間で楽観的」というのは、はっきり言って将来が心配な組み合わせだ。私自身そう思った時期もあった。でも今の私には、その心配を超えてきた実感がある。
思い返せば、60歳で退職金が入ったとき、30年近くかけて返し続けたローンがついてに終わったとき、肩の荷が下りる感覚は言葉にならなかった。そして65歳では思い切って新しい車を買った。500万円。それは単なる買い物じゃなく、「これからの時間を自分のために使う」という宣言だった。九州の曲がりくねった山道を、妻と並んでどこまでも走っていった日のことが今でも浮かぶ。
26年後の2051年頃には、車の運転支援技術がさらに進んで、足腰が心配な年齢になっても旅先でハンドルを握れる時代になっていた。おかげで、旅行という趣味をずいぶん長く楽しめた。
年金が入るようになってからは、ローンも消えて、持ち家のおかげで家賃の心配もない。毎月の暮らしは、今のあなたが想像するよりずっと身軽だ。不安だった糖尿病も、主治医と長く付き合いながら、なんとかここまでやってきた。完璧ではないけれど、まあまあ上出来だと思っている。
もし今より少しだけ、お酒と血糖値と向き合う時間を持てれば、なお良い。 旅先で体が動くかどうかは、今の積み重ねが決める。旅行好きなあなたには、それが一番の資産になる。
もし今の私に一言だけ伝えるなら…「ローンを返しながら旅の夢を持ち続けた、その欲張りなところが、あなたの人生をちゃんと豊かにしたよ」と伝えたい。
それでも決めるのは、今を生きるあなたです。
ZANYOME ─ zanyome.com
🗳 五十歳のあなたなら、これからの人生をどう進めますか?