【CASE003】穏やかな理系紳士ヨシムネ

99歳の私から、67歳のあなたへ――積み重ねてきた日々が、宝になっていた
今日も朝の光がやわらかく差し込んでいる。
窓の外には、見慣れた街並みが広がっている。とはいえ、32年前とは街のかたちがずいぶん変わった。歩道脇には小さな自律型の配送ロボットが静かに行き交い、近所の医院ではAIが問診の大半を担うようになった。それでも、朝の空気のにおいだけは昔と変わらない。私はそれが少し、嬉しい。
99歳になった今、こうして文章を書けていることが、まず奇跡のように思える。指先はさすがに鈍くなったが、頭の中はまだ案外にぎやかだ。今日は67歳のあなた――つまり32年前の私自身へ、伝えたいことがある。
「当たり前」だと思っていたことが、実は全部よかった
あの頃の私は、自分がどれほど恵まれた選択をしているか、まるでわかっていなかった。
67歳のあなたは、まだパートとして働き続けていた。「この年で働くのは、ちょっと情けないかな」などと、マイペースなくせに妙なところで気にしていた記憶がある。でも今になって思う。あの選択は、本当によかった。働き続けることで、自分を社会とつなぎとめ、頭と体の両方に適度な刺激を与え続けた。70歳を過ぎてからも、年金と運用益だけで暮らしに余裕があったのは、あの時期にしっかり蓄えを作り上げていたからだ。2800万円という土台は、その後の何十年もの暮らしをどっしりと支えてくれた。
人情派なくせに現実主義でもある、という自分の性格が、お金の面でも妙にうまく機能していたと思う。派手に増やそうとせず、かといって過度に縮こまりもせず。あのバランス感覚は、誰かに教わったわけでも、どこかで勉強したわけでもなかった。気づけば体に染み込んでいた。
ゴルフと旅行が、私を生かしてくれた
80代に入っても、私はゴルフのクラブを手放さなかった。足腰が弱ってきてからは、電動カートで18ホールをゆっくり回るだけになったけれど、それでも続けた。芝の上に立つと、不思議と余計なことを考えなくなる。風の向きを読み、距離を測り、ただそれだけに集中する時間が、私にとって一番の「頭の休憩」だったのだと思う。
旅行も、できる限り続けた。体が言うことを聞かなくなってからは、遠出よりも近場の温泉が多くなったけれど、それはそれで悪くなかった。湯船に浸かりながら、妻とたわいない話をする時間。子どもたちが「また行くの」と笑いながら車で送り届けてくれる帰り道。そういう何でもない瞬間が、歳を重ねるほどに輝いて見えるようになっていった。
価値観が変わった、ある夕暮れの出来事
80代の半ばを過ぎた頃のことだ。散歩の途中、見知らぬ老人が道端で休んでいるのに気がついた。声をかけると、その人はただ「景色を見ていた」と言った。急いでいるわけでも、具合が悪いわけでもなく、ただ好きな景色をゆっくり眺めるために立ち止まっていたというのだ。
それまでの私は、「時間を有効に使わなければ」という感覚がどこかにあった。ゴルフも旅行も、楽しんでいたけれど、どこかで「こなしている」ような気持ちがなかったとは言えない。でもあの夕暮れの老人の言葉を聞いてから、何かがほどけた。目的のない立ち止まり方、それ自体が豊かさなのだと、ようやくわかった気がした。
健康でいること、それ自体が才能だった
運動習慣があったことが、これほど長く効いてくるとは思っていなかった。ゴルフで体を動かし続けたことが、筋力の衰えをゆるやかにしてくれた。90代になってからも、自分の足で歩けることが、どれほど人生の自由度を守ってくれるか。デジタル補助具が普及した今の時代でも、足で立てることの心強さは変わらない。
医療費が年々かさんでいくのは確かだった。でも、そのために蓄えが減っていくことを、私はさほど嘆かなかった。お金を使う先が「健康を保つこと」であるなら、こんなに納得のいく使い方はないと思ったから。慎重派だった私が、医療だけは惜しまなかった。それも今思えば、正しい選択だったと思う。
あなたへ
67歳のあなたは今、まだ人生の折り返しにさえ差し掛かっていない。
信じられないかもしれないけれど、本当にそうなのだ。あなたがこれから経験することは、まだまだ山ほどある。妻と分かち合う時間も、子どもたちとの関係も、ゴルフ場の風の感触も、旅先で飲む熱いお茶の味も、全部これからだ。
焦らなくていい。急いで何かを成し遂げなくていい。あなたが今やっていること、続けていること、大切にしていること、その一つひとつが、32年後の私を作ってくれた。当たり前に見えるその日々の選択が、全部、本当に全部、よかった。
この調子で、これからも自分らしく歩んでいってほしい。