ザンヨメ💀残高余命

インフレ・健康寿命から逆算する、50代からの究極 of 自由設計
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ゴルフが教えてくれたこと

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84歳の私から、67歳のあなたへ

84歳になった今、縁側に腰をかけて温かいお茶を一杯飲みながら、あれこれと昔のことを思い出すことがある。17年前、67歳だった頃の自分のことを。あの頃の私は、きっと毎日をそれなりに忙しくこなしながら、自分がどれほど恵まれた選択をしてきたかに、まるで気づいていなかっただろうと思う。

ゴルフが教えてくれたこと

67歳のあなたは今、ゴルフを楽しんでいるはずだ。正直に言おう。あの習慣が、この先の人生をどれだけ豊かにしてくれたか、当時の私には想像もできなかった。

コースを歩くたびに足腰が鍛えられ、仲間たちとのラウンドが気持ちを若く保ってくれた。70代に差し掛かってもなお体が動いたのは、あの頃の運動習慣のおかげだと今なら断言できる。71歳で仕事を退いたとき、喪失感を感じる間もなく「さあ、来週はどこのコースに行くか」と考えていた自分がいた。それがどれほど幸せなことだったか。

ゴルフ仲間というのは不思議なもので、年齢を重ねるほどに絆が深まっていく。60代は実力で競い、70代は体力に感謝しながら、そして80代になったら一緒にカートに揺られて笑い合う。そういう付き合いが17年間、ずっと続いてきた。あなたが今当たり前のように続けているその習慣こそが、未来の私の財産だった。

旅という名の贈り物

旅行もそうだった。67歳の頃、まだ仕事をしながらも旅に出ていた自分を、今の私はまぶしく思い返す。

あの頃と比べると、今の旅のかたちはずいぶん変わった。飛行機の座席には体の動きをサポートしてくれる小さなデバイスが当たり前のように備わっていて、行き先の言語がわからなくても耳に小さなイヤピースをつければリアルタイムで通訳してくれる。17年でこんなにも世界が変わるとは、67歳の私には想像もできなかっただろう。そんな便利な時代になっても、旅の本質は何も変わらない。見知らぬ土地の風を顔に受け、美味しいものを口にして、妻と顔を見合わせて笑う。それだけで十分だった。

70代の後半に差し掛かると旅の回数は少しずつ落ち着いてきたが、逆に一つひとつの旅が深くなった気がする。温泉地の畳の部屋で、窓の外の山を眺めながら「また来られてよかったな」と妻がつぶやいたあの言葉を、今でもよく思い出す。

働き続けたことの意味

67歳のあなたはまだ、パートとして現役を続けている。「いつまでこれを続けるのだろう」と思う日もあるかもしれない。でも、71歳まで働き続けたあの時間は、お金以上のものをもたらしてくれた。

社会とつながっている実感、自分がまだ必要とされているという手ごたえ、そして規則正しいリズムで過ごす毎日の充実感。退職後、年金だけを頼りにした暮らしに切り替わったとき、「働いていた頃のほうが、実は体の調子がよかったな」と気づいた。あの4年間が、体にも心にも貯金をしてくれていたのだ。

それに、あの頃の収入があったからこそ、引退後も旅やゴルフを続ける余裕が生まれた。ゆとりをもって老後に入れたのは、あなたが当たり前のように働き続けたおかげだと、84歳の私はちゃんと知っている。

思いがけない開花

もう一つ、あなたに話しておきたいことがある。

70代半ばを過ぎた頃のことだ。ゴルフ仲間から「写真、上手いじゃないか」と言われたのがきっかけで、スマートフォンのカメラをいじり始めた。コースの朝霧、旅先の路地、妻が笑う瞬間——気がつけば撮り溜めた写真が何千枚にもなっていた。地元のコミュニティセンターで小さな写真展に出品する機会があり、そこで見知らぬ人から「この一枚に元気をもらいました」と声をかけてもらったとき、胸の奥がじんと熱くなった。自分にそんな才能があるとは、67歳の私は夢にも思っていなかっただろう。

人生は、予想外のところから豊かになっていくものだ。

噛みしめる今日

84歳の私は、今日も元気でいる。かつてほどの体力はなくても、お茶の味がわかり、妻の声が聞こえ、窓の外の空が青い。それだけで、十分すぎるほどだと思っている。

長い年月を振り返って気づくのは、大きな決断よりも日々の小さな選択の積み重ねが、人生の色を決めるということだ。ゴルフを続けること、旅に出ること、誰かとちゃんと笑うこと。あなたがいま当たり前のようにしていることのすべてが、未来の私の宝になった。

どうか、この調子で、これからも自分らしく歩んでいってほしい。