【CASE001】 元パリピ・コメディカルエッジ
―音楽と年金と、北海道の空のこと

97歳の私から、68歳のあなたへ
こんにちは。今日は少し長い手紙を書こうと思う。
窓の外には、見慣れた北海道の空が広がっている。といっても、この街の風景は私が68歳だったころとずいぶん変わった。昔は車が行き交っていたあの大通りも、今では自動走行の小さなシャトルが静かに滑るように動いていて、排気ガスの匂いもなく、なんだか夢の中の風景みたいだ。それでも、夏の空の青さだけは変わらない。97年生きてきて、この空だけはいつも同じ顔をしていると思う。
さて、あなたは今68歳だろう。ちょうど年金をもらい始めたばかりで、まだパートで働いていて、音楽が好きで、酒をちびちびやりながら楽観的に毎日を過ごしているころだ。私はそのあなたなのだから、手に取るようにわかる。
あの頃の自分に、ひとつだけ言わせてほしい。
あなたは、自分が「たいしたことをしていない」と思っているかもしれない。でも、それは違う。
働き続けた、あの選択のこと
68歳でも、まだ働いていたこと。これがどれだけ大きかったか、今になってしみじみとわかる。年金だけに頼らずに、小さくても自分で稼ぐ収入を持ち続けた。あの選択が、73歳まで続いた。たった数年のことかもしれないけれど、あの数年間の「自分で稼いでいる」という感覚が、私の背骨をどれだけまっすぐにしてくれたことか。
お金のことだけじゃない。毎朝、行く場所があった。会う人がいた。「ご苦労さん」と言ってもらえる場所があった。あれは本当に、大切なことだったと思う。
73歳で仕事を終えたとき、正直すこし不安だった。でも気づいたら、音楽がある、家族がいる、この土地がある、それで十分だと思えた。楽観的な性格は、本当にありがたい武器だった。
旅行と趣味に、ちゃんとお金をかけていたこと
あなたは今、毎月それなりの額を旅行や趣味に使っている。惜しまずに。それが後ろめたいとか、贅沢だとか、どこかで感じていなかったか?
私はいま断言できる。あれは正解だった。
70代の前半は、まだ体が動いた。あのころに行った場所、聴いた音楽、友人と笑いながら飲んだお酒——それは今でも胸の奥に温かく残っている。思い出は老いない。体は確かに言うことを聞かなくなったけれど、心の中にあるあの夜の景色は、色褪せることなくそこにある。
80歳を過ぎると、医療費がじわじわと増えていった。糖尿病の管理もあって、定期的に診てもらう必要があった。それでも、若い頃から自分の体とうまく付き合う習慣を持っていたから、大きく崩れることなく来られた。お酒も、完全にやめはしなかったけれど、少しずつ付き合い方を変えて。それでよかったのだと思う。
年金という、見えない根っこのこと
月に20万円からスタートした年金が、97歳の今では36万円を超えている。長生きすると受け取れる額も増えていくものだと、若い頃は実感がなかった。でも本当に、あの「長生き」が、経済的な支えになってくれた側面もある。
もちろん、支出も増えた。医療費も、住居にかかる費用も。それでも、貯めてきた資産をすこしずつ取り崩しながら、音楽を楽しむことをやめなかった。趣味の費用は年を追うごとに大きくなっていったけれど、それはむしろ私が生きていることの証明だと思っている。
社交的でいたこと、それがすべての土台だった
思い返せば、あなた——68歳の私——は本当に人が好きだった。初対面の人ともすぐに打ち解けて、輪の中心にいることを楽しんでいた。あのマイペースで人情味のある性格が、どれほど多くの縁を生んだか。
90歳を過ぎると、同世代の友人が少なくなってくる。それは淋しいことだ。でも、年齢関係なく新しい人と関わり続けてきたから、今でもそばに話し相手がいる。若い世代のAIアシスタントとも普通に会話できるこの時代、孤独になろうと思えばいくらでもなれる。それでも、私は人の声が好きだ。生の音楽が好きだ。それは68歳の頃から変わっていない。
97年という時間は、長いようで、振り返るとあっという間だ。
あなたが当たり前にやっていることのひとつひとつ——働くこと、好きな音楽を聴くこと、旅に出ること、人と笑うこと——それが積み重なって、今の私になっている。
どうか、この調子で、これからも自分らしく歩んでいってほしい。